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あの公園に「最低人間」像建立を・・・

ディオニュソス(バッカス)は、お酒と酩酊、豊穣の神として、アポロンとは対照的な存在と考えられてきましたが、ディオニソス的なるものとアポロン的なるもの、本能や感情に根ざした人間の本性と、理性や論理を重視する人間の表層、どうも、最近の風潮は、人間の本性を否定し、こぢんまりとした理想が重んじられることが多いように思えてなりません。

bacchus

美術史家ケネス・クラークによれば、ヌード(nude)とは、単に衣服をまとっていない状態である裸体(naked)を単に模写した物ではなく、裸の人体を理想の美、理想の裸体像へと再構成し、芸術形式のひとつとしての人体についての完成された像だと定義しているとのこと。

ディオニソスも、ヌードの石像となり、今や美術館の陳列物として納まっているようですが、男性ヌードの傑作としては、やはり、ダビデ像があげられるのは、何故なんでしょうか。。。ホモのおじさん達に、いいケツしとんなぁ?と、一物の大小について評論されたり、割礼を受けずに、皮かぶりであるとか、どうとか、芸術作品にも、毀誉褒貶がつきまとうようですが、これにならって、例の人物の銅像を、例の事件のあった公園にでも・・・と思う昼下がりです。

でも、観光客のおもちゃになるのも考え物かもしれませんが。。。そういえば、京都の仏教大学に寄贈された石造り門柱が、「大馬鹿門」(「平成之大莫迦門」)と名付けられていたことから、馬鹿という言葉は大学には不適切であるとして、騒動になっていたことがありましたが、かつては漢字で名前が書ければ合格すると言われたこの大学には、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という門柱作成者の願いは届かなかったようです。

仏教の「仏」は、「仏」と簡略字を使わず、「佛」と書くべきだという主張もあるようですが、「瀋水ノ陽」である、「瀋陽」の「瀋」を「沈」と書いてしまう中国の簡略化は行きすぎだと思うものの、「仏」でも、「佛」でも、ブツブツ頭の大仏さんなら、許して下さるように思えてならない感じです。


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テーマ : 【SMAP】草薙剛、公然わいせつで逮捕!? - ジャンル : ニュース

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