スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

電力の安定供給のために、原発の早期再稼働を!

原発がなくても電力会社がいうような深刻な電力不足が起きない可能性もあるかもしれませんが、電力不足が起こる可能性がある以上、私は原発の再稼働が必要だと考えます。

いかなる安全手段を講じようとも、事故の可能性もゼロにはなりません。福島級の震災があれば大事故になる可能性が残っているとしても、福島の事故が起こるまでは、なんとか安全に稼働してきたのであり、その僅かの可能の生を重大視して、安全基準の厳格化を急ぐことにより、電力の安定供給をないがしろにすることは、愚挙だと言わざるをえません。

停電があると、個人宅でエアコンが使えないとか、冷蔵庫が停止してしまうとか、熱帯魚が死んでしまうとか、そういった問題もさることながら、やはり、停電は産業界への影響があまりにも大きいと言えます。

真夏の昼間に停電があっても、南欧のシエスタのごとく、やり過ごすこともできる業種もあるでしょうが、安定した電力の供給がないと打撃を受ける製造業、サービス産業があるのも事実です。もっとも、自家発電装置を備えている業態もあるでしょうが、安定した電力供給があることが、日本が日本としての付加価値でもあった訳ですので、それが崩れてしまえば、日本が日本として優位であることが不可能となってしまいます。

安全第一とは言いますが、安全対策もいきすぎると、活力を削ぎ、産業の空洞化を促進させてしまって、取り返しの付かない事態となりかねません。福島の事故も、取り返しの付かない事故だといえますが、見えない放射能の恐怖は、恐怖感が一人歩きしている傾向もあります。セシウムに汚染された国土は二度と安全を取り戻すことは出来ないといわれれば、それが、取り返しの付かないとんでもない事態であったと認識させられる訳ですが、果たして、それが本当に、取り返しの付かないものなのかどうか、原爆が投下されても、見事に甦った広島や長崎のように、何十年か後には、解決の糸口が見つかっている可能性も大きいのではないでしょうか?

事故が起こると、安全、安全と、人々の心は一方向に向かいますが、安全が大切だと言うことは否定しませんが、それが、ヒステリックになりすぎて、冷静な判断力を失ってしまうことの方がおおいに問題であると思えてなりません。

将来的には、脱原発の可能性を探求することも大切だと思いますが、今、それを急ぐあまり、電力の安定供給をおろそかにすることは、愚かしいことです。安全は大事だけれど、事故の恐怖心で過剰に安全を求めてしまうことは、冷静さを欠いた近視眼的な判断であると言わざるをえません。
関連記事

テーマ : 「原発」は本当に必要なのか - ジャンル : 政治・経済

Comment

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

Comment Form

管理者にだけ表示を許可する

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【電力の安定供給のために、原発の早期再稼働を!】

原発がなくても電力会社がいうような深刻な電力不足が起きない可能性もあるかもしれませんが、電力不足が起こる可能性がある以上、私は原発の再稼働が必要だと考えます。いかなる安全手段を講じようとも、事故の可能性もゼロにはなりません。福島級の震災があれば大事故に...
最近の記事
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。