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言葉狩り社会への不満

あの戦争は侵略であったのか否か。侵略であった側面もあることは事実であっても、それは、その時代のあり方として、やむを得ない側面があったのではないか。

いまだに靖国問題として、中国・韓国からの批判にさらされ続け、自虐的な謝罪を続けなければならないのかと問われれば、それは否と突っぱねる必要があるのではないか。

従軍慰安婦問題を日本軍が強制連行などに関与したとして、いつまでも謝罪を求め続ける人々とどう向き合うのか。軍国主義を批判したいが為に、事実を歪曲したり、反日的な勢力を煽り続けた「戦後の民主主義」を支えた人々。それも戦後という時代的状況の産物であり、戦後の中では一定の役割を果たしたと言えるとしても、もはや遺物として捉えるべきではないのか。

相変わらず繰り返される言葉狩り。歴史や時代状況などを無視し、針小棒大に騒ぎ立てて、言葉狩りによって、引きずり降ろそうとする風潮。これも、戦後の民主主義の悪しき側面なのか、それとも、それ以前から流れる風習なのか。

維新の会の騒動。感情的に許せないと思う人がいるであろう発言があったことは事実ですが、その発言をよくぞいったと思う人がいることも事実であり、許せないと思う人がいるという一面だけを大きく取り上げ、そのことを鬼の首でも取ったかのように大きく騒ぎ立てることは果たして意味があるのか、どうか。

もっと寛容になるべきではないのか。誰にでも受け入れられる人畜無害の発言は毒にも薬にもならない。暴言・失言として怒りを買う発言の中に、真実が光っている可能性があり、そのような発言を圧殺しようとするのではなく、静かに受け止める必要があるのではないか、そんな思いがしています。

西村真悟議員の発言はともかく、橋下大阪市長の発言には見るべきものがあるのではないかと思えます。批判や非難が起こるのは当然だと思いますが、西村議員を除名とは…。これは維新内部のことではありますが、もっと寛容さを持つべきではないかと思えてならない感じです。
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